大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)10947号 判決

10947号事件(以下「甲事件」という。)原告 小林夏子

18356号事件(以下「乙事件」という。)原告 大石正巳 外2名

10947号事件及び18356号事件被告 西田春代 外3名

主文

一  原告らの訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  遺言者大石又八が昭和48年5月22日東京法務局所属公証人山本栄一作成の公正証書(昭和48年第××××号)によってした別紙第一遺言記載の遺言中第1項の遺言部分が無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  大石又八(以下「遺言者」という。)は、昭和48年5月22日、東京法務局所属公証人山本栄一に依頼して、公正証書(昭和48年第××××号)によって別紙第一遺言記載のとおりの遺言(以下「本件公正証書遺言」という。)をし、同遺言の第1項において別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)を含めた遺言者の遺産全部を遺言者の次女西田春代(本件被告)及び同女の長男西田崇一(本件被告)に遺贈することとした(以下この第1項を「本件遺言部分」という。)。

2  遺言者は、昭和54年12月26日死亡した。

3  遺言者の相続人は、子である大石堅太郎(被告)、小林夏子(甲事件原告)、大石正巳(乙事件原告)、大石源三郎(乙事件原告)、西田春代(被告)、大石茂(乙事件原告)である。

4  遺言者は、昭和49年11月4日、自筆証書によって別紙第二遺言記載のとおりの遺言(以下「本件自筆証書遺言」という。)をした。同遺言書については、昭和63年5月9日、東京家庭裁判所において遺言者の遺言書として検認を受けたが、この遺言内容は本件公正証書遺言の内容と異なったものである。

5  遺言者は、本件公正証書遺言中の本件遺言部分によって被告西田春代及び同西田崇一に遺贈されることとされていた本件不動産の所有権を昭和53年6月20日甲事件原告小林夏子に対し代物弁済として譲渡する旨の意思表示をし、本件不動産の権利証等を交付した。この遺言者の行為は、本件公正証書遺言中の本件遺言部分と抵触するものである。

6  被告西田春代及び同西田崇一は、本件公正証書遺言中の本件遺言部分により遺贈された本件不動産について、その旨の所有権移転登記をした。また、被告大石堅太郎は、被告西田春代及び同西田崇一が遺贈により取得した本件不動産について、遺留分減殺請求の訴えを提起している。

7  よって、本件公正証書遺言中の本件遺言部分が取り消されて無効であることの確認を求める。

二  被告西田春代及び被告西田崇一の本案前の主張

甲事件原告小林夏子は、被告西田春代及び同西田崇一に対して、本件不動産につき所有権移転登記請求事件を提起し現在東京地方裁判所昭和60年(ワ)第×××××号事件として係属中であるが、同事件の請求原因は本件訴訟における請求原因4項を除いて同一であり、本件訴訟において別個に遺言の無効を確認する必要はなく、同原告には訴えの利益がない。

三  被告大石堅太郎の本案前の主張

1  本件公正証書遺言は、被告大石堅太郎に対して何らの権利、利益を付与するものではなく、また、同被告が被告西田春代、同西田崇一に対して遺留分減殺請求事件を提起して係争中であるが、これは、原告らに対する何らの権利主張を含むものではない。よって、原告らには被告大石堅太郎に対して本件公正証書遺言の無効確認を求める利益はない。

2  原告らの本件訴えは遺言者の共同相続人のうち被告西田春代を除く全員のためにする訴訟行為であって、被告大石堅太郎には原告適格はあっても被告適格はない。

四  被告西田春代及び被告西田崇一の請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3項の事実は認める。

2  同4項の事実のうち、原告らが主張する内容の書面があることは認めるが、その余の事実は否認する。なお、右書面は自筆証書遺言の形式を備えていないばかりか、内容に照らしてみても本件公正証書遺言を取り消すものではない。

3  同5項の事実は否認する。なお、代物弁済は、所有権移転登記により効力を生じるもので、意思表示のみにより効力を生じさせるためには、その特約がされることが必要である。

4  同6項の事実は認める。

五  被告大石堅太郎の請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4項及び6項の事実は認める。

2  同5項の事実は否認する。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3項の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らの本件訴えは、右認定の本件公正証書遺言中の本件遺言部分が、同遺言がされた後である昭和49年11月4日にされた本件自筆証書遺言によって取り消され、又は遺言者が昭和53年6月20日本件遺言部分により遺贈の対象とされた本件不動産を甲事件原告小林夏子に対し代物弁済として譲渡する旨の意思表示をしたことによって取り消されたとして、本件遺言部分の無効確認を求めるものである。

ところで、いわゆる遺言無効確認の訴えは、形式上過去の法律行為の無効の確認を求めることになるが、遺言が有効であるとすればそれから生じるべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で、原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは適法として許容されうるものと解されている(最高裁昭和47年2月15日判決・民集26巻1号30頁参照)。このように、伝統的な考え方に立てばその無効確認の許されない過去の法律行為である遺言について無効確認の訴えが許容されるのは、遺言が遺言をした者の財産の処分、相続分や分割方法の指定、認知、相続人の廃除、すでになした遺言の撤回等民法所定の多種の内容を含み得るものであって、また、遺言をするについては要式性が厳格に貫かれておりその成立の有効性を巡って多くの問題があるため、これらの遺言された個々の内容ごとにこれを現在の法律関係という観点からその存否確認の訴えを提起しなければならないとすることはいたずらに手続を錯綜させる結果となることから、基本的法律行為である遺言の無効の当否を判示することにより確認訴訟のもつ紛争解決機能を果たさせようとする考え方によるものと解される。このような遺言無効確認の訴えの機能、目的に照らすと、本件訴えにおいて原告らが訴求するように、1個の証書によってなされた遺言のうちの一部分に限って、しかも遺言後のこれと抵触する行為による撤回(民法1023条)を理由として、当該遺言部分が効力を失い無効であることの確認を求めることは、遺言無効確認の訴えとして予定されているということはできず、このような場合には、原告らにおいては、これを現在の具体的な法律関係に置き換えてその存否の確定を訴求し、その原因として特定の遺言部分の遺言後の撤回を主張すれば足りるものであって、本件遺言部分の無効確認の訴えについては、原告らには確認の利益がないものといわざるを得ない。

三  よって、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍嘉人)

第一遺言

1 遺言者は遺言者の次女西田春代及び同女の長男西田崇一の両名に対し左記不動産を含めた遺言者の遺産全部を遺贈する

(1) 東京都新宿区○○町××番×

宅地 161.32平方メートル

(2) 同所××番地×

家屋番号 ××番地×

木造瓦亜鉛メッキ鋼板交葺2階建

居宅 1棟

床面積 1階 73.53平方メートル

2階 70.56平方メートル

の持分10分の4

2 右受遺者らは遺言者死去後は郷里の親類一同を招待し法事供養を必ず行うこと

3 墓地の費用は前納し、第1項記載の土地家屋と共に永く維持すること但し墓地には埋葬書のとおり遺言者の外遺言者の妻亡モト及び三女佳子以外他の者は一切埋葬しないこと

4 遺言者は

長男堅太郎に対し

現金250万円

次男正巳に対し

新宿区○○町××番×

宅地 56坪

三男源三郎に対し

同所××番×

宅地 19坪

四男茂に対し

同所同番2

宅地 6坪及び現金60万円

をそれぞれ既に贈与してある故遺言者死去後財産分与の件については不平不満を申すまじきこと

東京法務局所属公証人宮田彦三の作成にかかる昭和46年第××××号遺言公正証書による遺言はこれを取消す

第二遺言

来る18日より高野山へ御詣りする

父死去の節は葬式費用並びに法事入費は春代と夏子で全部出し合、円満に永遠に長命して仲好くして過して下さい

お互いに子供を人情を加へ大切にする事

以上

一、此の書は父親の遺言也

物件目録

1 東京都新宿区○○町××番×

宅地 161.32平方メートル

2 同所同番地×

家屋番号 ××番×の×

居宅 木造瓦亜鉛メッキ鋼板交葺2階建

床面積 1階 73.53平方メートル

2階 70.56平方メートル

の持分10分の4

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例